おきらくごくらく。

山と自然。日常のあれこれの雑記ブログ。

7年後の木曽御嶽山。

噴火から7年経つ木曽の御嶽山

日本で最も西に位置する3千メートル峰で、

その巨大な山体は、富士山よりかつて高かったと言われる霊山です。

 

二の池ヒュッテの夜明け

二の池ヒュッテの夜明け

 

不思議なことに山に行く2週間前から食欲がほとんど落ちて、

なぜか肉が全然食べられなくなっていました。

そして長期間ずっと降り続く雨。

条件はなかなか良くない。

でも行くことになるとどこかで感じていました。

 

この日登り始めてから一度止みそうになったものの、

さらに激しく冷たい雨が強くなり、

いくつかの事が重なって、命の危険を感じるくらいの事態に陥ってしまいました。

 

二の池ヒュッテ


途中の石室小屋に避難する直前、

ついに目の前で激しい雨の中雷鳴が轟きました。

覚悟を決めます。

長時間の激しく冷たい雨で、レインウエアの中までずぶ濡れです。

もしもっと風が強かったら、非常に危なかった。

 

御嶽山の試練。あるいは洗礼。

 

 

槍穂から常念と連なる北アルプス

槍穂から常念と連なる北アルプス


真夜中に雨が止み、この日だけの奇跡のような登山日和になりました。

またこの翌日から雨が続く予報の中の唯一の雨上がりの日。

 

北アルプス

 

だんだんと明けていく夜空。

二の池小屋本館

二の池小屋本館

 

昨日この二の池小屋脇の橋の下の沢が、

驚くほどの激流となっていました。



火山灰で覆われた二の池

火山灰で覆われた二の池

 

建国姫龍神と寄り添う馬の像が、
以前と変わりなく池の中に立っています。

 

 

昨日は完全水没していた道。

昨日は完全水没していた道。



水をたたえた二の池の部分

 


左手に水を湛えた場所があり、

以前の二の池の色をわずかに思い出させてくれました。

 

覚明上人立ち往生の地

覚明上人立ち往生の地

 

尾張から行商にて木曽を訪れていた覚明行者はやがて修験者となり、

天明5年に御嶽山に初めて登山し、その名が知られるようになりました。

ちなみに2年前の天明3年は、浅間山が大噴火を起こした年です。

それ以前まで御嶽山登拝は、百日精進の重潔斎精進を行なって

1年に1度しか許されなかったところを強行登山したそうです。

赤松を見て開田を勧めたり、黒沢口登山道を開いたりし、

すぐれた法力を持つとされて、村々に信徒が多かったと。

 

そして登山道の改修の途中に病を得て、

翌年の天明6年6月20日にこの場所で入定し、

ミイラとなったその遺骸を信徒の方々が9合目の覚明堂に埋葬しました。

 

その後功績が認められ、軽精進登拝が認められて、

全国に御嶽山信仰が拡がっていきました。

嘉永3年に上野東叡山から菩薩の称号が授けられているそうです。

 

 

ちなみに王滝口を開いた普寛行者は秩父生まれで江戸で剣や漢学を学び、

その後三峯山にて修行をし、八海山上州武尊山を開山し、

その分神を御嶽山に勧請しています。

失明やアザを治すなどさまざまな霊験を行なって71歳で入定され、

埼玉県の普寛霊場では、現在も火渡りや刃渡り神事が行われています。

 

 

 

稜線に上がると日の出が。

稜線に上がると日の出が。



黎明



振り返って見る二の池

振り返って見る二の池



ガスや雲がかかっては通り過ぎる山頂剣ヶ峰

ガスや雲がかかっては通り過ぎる山頂剣ヶ峰



噴火後に造られた山頂直下のシェルター

噴火後に造られた山頂直下のシェルター



慰霊碑

慰霊碑

 

2014年9月27日の噴火により、

亡くなった方は58名、現在も行方不明の方は5名。

 

頂上へ向かう階段にも、噴石の跡が。

頂上へ向かう階段にも、噴石の跡が。

 

胸がドキドキします。

 

当時のまま残された階段脇

当時のまま残された階段脇

 

御嶽山山頂剣ケ峰

御嶽山山頂剣ケ峰

 


噴火の時に首が飛ばされた白川大神が、

傷跡が残るものの、昔のようにすっくと立っておられました。

覚明上人に使命を与えたとされる神様です。

以前と同じ姿に、心からホッとしました。

 

 

山頂の祠も建物も全て破壊され、一時は撤去されましたが、

往時の姿を取り戻しています。

奥社の神像の正面にも、新たにシェルターが設置されました。

 

御嶽山は現在も山頂1km圏内は通行規制があり、

王滝口へ向かうルートや火口西側、三の池道は通行できません。

山頂へ向かう道も通れる期間が決まっています。

ヘルメット着用は必須です。

 

 

青空の中を雲とガスが吹き抜ける中、

だんだんとある気配がーーーーーーー

 

 

ブロッケンが。

ブロッケンが。

 

奥宮の500m先の噴火口のまさにその方向に、

突然ブロッケンが現れました。



だんだんと強く輝いていく

だんだんと強く輝いていく

 

こんな奇跡のタイミングが。



あの奥が噴火の起きた場所です。

あの奥が噴火の起きた場所です。

 

頂上鳥居の向こうに登る朝日。

頂上鳥居の向こうに登る朝日。

 

神々しい空



悲しみや山の美しさや、自然の恐ろしさや命の儚さやその輝きや喜び。

さまざまなものを全て包括するような神々しささえ感じる景色。

 


胸が満たされたような気持ちで下山を始めます。

 

 

朝日のあたる二の池

朝日のあたる二の池

 

また何か来ました。



白い虹

 

光輪が・・・



二の池から立ち昇る白い虹!

二の池から立ち昇る白い虹!

 

昨日の試練から迎えたこの日。

これが御嶽山。



激しく動く雲海。

激しく動く雲海。

 

オリーブグリーンに輝く二の池。

オリーブグリーンに輝く二の池。



 

二の池ヒュッテ

 

二の池ヒュッテに戻ってきました。

二の池ヒュッテに戻ってきました。

 

二の池ヒュッテは元の二の池新館を、2018年に高岡ゆりさんが譲り受け、

さまざまな工夫や手を加えて再開した、とても居心地の良い山小屋です。


手作りされたオコタや、暖かな室内。

手作りされたオコタや、暖かな室内。

 

そしてこの小屋には、7年前の噴火の日のまま、

残されている部屋があります。

 

天井を突き抜けた噴石が転がる室内。

天井を突き抜けた噴石が転がる室内。

 

この場所は、噴火した位置から約1km。

「爆発」と書こうとした文字が残るホワイトボード。

「爆発」と書こうとした文字が残るホワイトボード。

 

見せていただいたこの部屋が、

自分の寝ていた部屋の廊下を挟んだ真正面だったことに、実はかなりビックリしました。

前日の夜中、12時半ぐらいに目が覚めてうとうとしていた時、

どーんどーん、と畳が揺れるほどの音と振動を5回ぐらい聞いていて、

「すごい寝相の人がいるなあ・・・」

なんてぼんやり思っていました。

寝てたのでどこからなのかハッキリ確かめなかったんですが、

正面の部屋は人がいると勝手に思っていたのです。

なんだったんでしょうね?



可愛い黒猫が玄関を守っています

可愛い黒猫が玄関を守っています



サイノ河原

サイノ河原



サイノ河原避難小屋から二の池ヒュッテを望む

サイノ河原避難小屋から二の池ヒュッテを望む



山から湧き上がる雲海。

山から湧き上がる雲海。



三の池



枯れることのない御神水と言われる、

美しいコバルトブルーの三の池が見えました。

 

 

すぐ横にはこれも美しい水をたたえた五の池小屋。

すぐ横にはこれも美しい水をたたえた五の池小屋。



最大深度13m

最大深度13m

御嶽山のそれぞれの池には、

龍神が住むという伝説があります。

以前はこの三の池の御神水のペットボトルがありましたが、

今回はどこにも見かけませんでした。

とても美味しい水でした。



さまざまに色を変える水面。

さまざまに色を変える水面。

 

じっと見ていると、吸い込まれてしまいそうです。

 

 

五の池小屋のテラスとコーヒー。

五の池小屋のテラスとコーヒー。

 

歩いてきたルートが見えます。

ここでは手作りのケーキやコーヒーが頂けるのですが、

湧き水の小川の流れる四の池の水を使っているそうです。

 

御嶽山の小屋はそれぞれ趣が異なり、

修験の宿の雰囲気を残して精進料理と素晴らしい景色を楽しめ、

小屋の中を登山道が通っているという珍しい石室小屋や、

若々しい二の池ヒュッテや新しくなった二の池本館

そしてまるでリゾートのようなこの五の池小屋と、

ワクワクするような宿ばかりです。

 

 



飛騨頂上神社・大瀧霊神

飛騨頂上神社・大瀧霊神



沸き立つ雲。

沸き立つ雲。

 

さて、雲海の下はどんなお天気になっているでしょうか。



濁河温泉への道。

濁河温泉への道。



アザミと蝶

アザミと蝶



飛騨小坂口登山道

飛騨小坂口登山道

 

美しい樹林帯です。



ジョーズ岩

ジョーズ岩



木漏れ日と深い緑と苔。

木漏れ日と深い緑と苔。

 

御嶽山は、とても古くて深い森を持つ。

御嶽山は、とても古くて深い森を持つ。





帰り道、諏訪湖を眺めていたら

 

諏訪湖

 

 

突然大きな虹が現れ、

 

諏訪湖の虹

 


ものすごい大雨になりました。

 

この場所は中央構造線と、糸魚川構造線がぶつかり、

縄文人が良質の黒曜石を求めに日本中からやってきた土地。

そしてミシャグチ神やさまざまな伝承のあるこれもまた不思議な場所です。

 

 

最後まで、奇跡のような山でした。