おきらくごくらく。

山と自然。日常のあれこれの雑記ブログ。

聖徳太子展。日出づる処の天子

新年初の展覧会。

見たかった1月10日で終了の

「聖徳太子展 日出処の天子」

なんとか滑り込みにやって来ました!

 

聖徳太子展のチラシ

 

去年は新型コロナウイルス による緊急事態宣言で、

そのまま見られなくなってしまった展覧会がいくつもありました。

 

東京ミッドタウン

東京ミッドタウン

初めて来ました東京ミッドタウン。

六本木駅からそのまま来れました。

 

サントリー美術館

着いた!


平日の午前中を狙って来たので、それほど混雑していません。

よかった〜〜〜

 

本当は連休に友人とエジプト展に行きましょうと言ってたんですが、

新型コロナのオミクロン感染が爆発的に増えているので、

絶対に見たいと去年から思っていたこちらの展覧会にひとりでやって来ました。

 

実在していなかったとも囁かれる聖徳太子、

本名は厩戸聡耳皇子(うまやとのとよとみみのみこ)

様々な伝説に彩られるこの人物について興味を持ったのは、

山岸涼子先生の名作、みなさんご存知の

「日出処の天子」

10代のとき読んだからなんですね〜〜〜

 

今まで教科書で習ってきた聖徳太子像を

見事にぶち壊した歴史的作品です。

 

今回はなんとその作品の生原稿も展示されているということで、

絶対に見逃す事のできない展覧会なのでした。

 

artexhibition.jp

 

 

聖徳太子信仰は仏教を日本に広め、

「憲法十七条」や「冠位十二階」を制定し、

19歳で推古天皇の摂政となり、10人の話を同時に聞くことができたなどの

超人的な伝説に彩られています。

 

それにしても厩戸(馬屋の前で、母の穴穂部間人皇女が産気づいたとされる)

の名前を「日出処の天子」で初めて知ったとき、かなりなインパクトがありました。

もうひとり、馬屋で生まれた超有名な方がいらっしゃいますね。

そうジーザス・クライスト、またの名をイエス・キリストその人です。

 

今回の展覧会で個人的に非常に惹かれた数点の展示品がありました。

まずは聖徳太子のものだという「七星剣」

当然ですが飛鳥時代の作で、四天王寺の高僧ですらなかなか見ることが出来ないという国宝です。

刀身は長さ62.1cmの軽く短い鉄で出来た直刀で、

切っ先鋭く二筋の樋(溝)があり、

名のもとになっている北斗七星・雲・三星・

獣(龍?)頭などが

金で象嵌されているようです。

(光っていてよく見えなかった・・・)

 

中国から伝わった北斗七星信仰による七星剣は、

破邪や鎮護の力があるとされたそうです。

 

鎌倉時代にはかなりのサビで覆われていて、

戦後に小野光敬(人間国宝)という刀匠によって研磨され、

現在は東京国立博物館蔵らしいのですが、

昔常設展で聖徳太子の刀を見て「そんな物があるんだ!」と驚いた記憶があるのですが、

姿がまったく違うので、この刀ではなかったと思います。

 

それと同じく聖徳太子の袍緋御衣の残欠」

緋色の布のボロボロの切れ端というか残骸なのですが、

よく見ると見事な文様が浮かび上がるその布の色は、

絵巻などで太子を表すのに使われる緋色と同じものなのだそうで、

やはり飛鳥時代のものです。

本当にこれが厩戸王の着ていたものかも知れないと思うと、

一体どんな人物だったんだろうと見つめてしまいます。

 

あと飛鳥時代のものといえば、鳴鏑矢」

太子が物部守屋と戦った時に使用したとの言い伝えがありました。

実際に太子が持っていた可能性があるのは、この3点ですね。

 

 

あとその他でものすごく印象に残ったのは、

京都・白毫寺「聖徳太子二歳像」です。

太子が二歳の時に東に向かって「南無仏(仏に帰依します)」と唱えたという話から、

各地でいくつもの木像が作られています。

入ってすぐに兵庫県善福寺無彩色の二才像あって、

照明のライティングが非常に上手くて、

まるで合わせた両の手の間から光が溢れているように見えて『発光してる!!』と、

ビックリして近くでマジマジ見てしまいました。

 

白毫寺二歳像は緋色の袴に艶やかな肌色などの彩色が施された、

見たところ乾漆造りの鎌倉時代の作です。

この寺は太子が自ら彫った二歳像を貰い受けて草庵に安置したのが創建の由来となっており、

聖武天皇の時代に、太子像の白毫から光を放ったということから

太子堂白毫寺という名になったのだとか。

その最初の二歳像は現存しているのでしょうか?

 

 

 

そして最もインパクトがあったのは、

茨城県・善重寺「聖徳太子童形立像(孝養像)」です。

私は仏像を見るとき、安置されている場所に人が立って祈るであろう視点で

仏像の目を見る癖があるのですが、

視線があった瞬間に、完全に生きて意思のある人の厳しい目線で見下ろされ、

ビックリした次の瞬間に心臓がギュッと掴まれたような衝撃がありました。

いろいろな場所で「生きてる」ような仏像に極たまに出会うことがあるのですが、

今まででいちばんインパクトが強かった気がします。

こちらは東京展のみの展示だったようです。

またお会いしに伺いたいです。

ご開帳は1年に1度、太子の命日とされる2月22日の11時から12時までの1時間だそうです。

ちなみにこの像は鎌倉時代の作で、他からこの寺に移したのは水戸光圀だとか。

 

 

孝養像とは父の用明天皇が即位後たったの2年で亡くなる時、

父の病気平癒のために祈った姿とされていて、

坐像からだんだん立像になって行ったようです。

山岸先生の「日出処の天子」でも、父の枕辺に座る厩戸皇子が父の死を悟り、

それにより自分が困難と陰謀渦巻く修羅の道に進まざるを得ないことを知り、

板塀の部屋の四隅からだんだんと異形の鬼(疫病神)が近づいてくるという、

非常に印象に残るシーンとして描かれていました。

 

 

それと最後に山形県・慈光明院

「聖徳太子童形像・二童子像」の掛け軸。

だいぶ掠れて見えづらくなっていますが、非常に美しい画でした。

もっと近くで見てみたかったなあ

 

そして最後は山岸涼子先生の生原稿

あまりの緻密さと美しさに思わず声が出ましたよホントに・・・

そしてそれまでになかった聖徳太子・厩戸皇子像に、

改めてすごい作品だったと思いました。

 

 

記事で言及した

  • 茨城県・善重寺「聖徳太子童形立像(孝養像)」
  • 京都・白毫寺の「聖徳太子二歳像」
  • 山岸先生の「日出処の天子」生原稿

は、上に貼った美術展ナビさんに写真がありますのでぜひ見てみてくださいね。