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【オオカミの知恵と愛】を読んで。

【オオカミの知恵と愛】ジム&ジェイミー・ダッチャー著

【オオカミの知恵と愛】ジム&ジェイミー・ダッチャー著

 

 

一昨日こんなニュースが飛び込んで来ました。

 

prtimes.jp

 

絶滅したとされるニホンオオカミは、世界でもっとも小さいハイイロオオカミとされていますが、核ゲノムDNA解析から

3万5千年以上前に日本に存在した更新世の世界最大級のハイイロオオカミと、

その後に日本列島に入って来た新しい系統が交雑して成立したことが明らかになったそうです。

 

 

とても興味深い話ですね。

そしてオオカミという生き物がどのように暮らし、どのように行動し、

どのように生き続けて来て、なぜ日本で絶滅してしまったのか、

生きていたら私たちはどのように彼らと暮らして行くことができるのか、

そこに繋がるオオカミの生活と感情を、目の前で起こっているのかのように

見せてくれる素晴らしい本と出会いました。

そしてこの本ではなぜ私たち人間が、オオカミに対して強い憧憬と関心を抱くのか、

その答えを示しているように思いました。

 

私が今までに読んだ本や見た映像の中から得たオオカミの印象というのは、

家族思いで遊び好き、そして肉食大型動物としてはかなり臆病で繊細、

人間を襲うなどの言い伝えはとても想像できない姿でした。

日本の明治以前の記録などに、オオカミが大量に人を食い殺したなどがあるのですが、

いまだに本当だろうかと疑っています。

もちろん対応を誤れば攻撃を受ける可能性もありますが、

ネコ科の大型動物ピューマや、ヒグマなどに比べて、

人間を獲物として標的にするとは、どうしても信じられないと思っています。

日本からオオカミが絶滅する一端の原因になったのは、狂犬病の流行があり、

この病気にかかった犬やオオカミの行動だったのではと、個人的には考えているのですが。

その恐怖を乗り越え、彼らに対する知識と理解と経験が広がらない限り、

日本でオオカミを導入するのは、彼らを再び殺すことになる、

時期尚早としか思えないでいます。

 

 

 

 

 

今までいくつかオオカミのパック(群れ)と暮らし、

自分がリーダーとして共に生活している人の記録など読んだことがありましたが、

この本はナショナルジオグラフィックやABCテレビの、

ビーバーやピューマなどの野生動物のドキュメンタリーを製作していた

ジム・ダッチャーとパートナーのジェイミーが6年間かけて

ソートゥース・パックと名付けたオオカミたちの生活を記録したものです。

 

 

1995〜6年、米国政府はカナダで66頭のオオカミを捕獲し、

イエローストーン国立公園とアイダホ州のフランク・チャーチ=リバー・オグ・

ノー・リターン・ウイルダネスに放し、

賛否両論のロッキー山脈一帯へのオオカミの再導入が進むにつれて、

オオカミの知識と理解が決定的に不足していることが浮き彫りになりました。

 

ジム・ダッチャーは、オーストリアの動物行動学者コンラート・ローレンツ

「特定の種の言葉を学ぶ最短の方法は、

 社会的なパートナーになることだ」

という言葉に影響を受け、撮影はおろか、目にすることも難しい動物を選んで来ました。

ビーバーは生息場所がはっきりしているが一日中巣にこもっており、

たまに外に出ても不穏な気配でたちまち巣に戻り、

ピューマは逆に恐れ知らずで捉えどころがなく、見つけても次の瞬間に消える。

彼らを撮影するには独自の工夫が必要でした。

 

そしてある時、オオカミの方が彼を見つけました。

望遠レンズで撮れる彼らの姿は限定的で、彼らの生活・愛情表現・意志の疎通・

争いの解決の仕方など、到底撮ることは出来ません。

 

連邦政府のオオカミの導入計画に、牧畜業者や狩猟者の怒りや怨嗟の声が上がっており、

彼らはオオカミを見つけたら、手当たり次第に撃ち殺すと息巻いていました。

そんな中で野生のオオカミを手なづけて人間に慣れさせたら、

結果は言うに及ばない。

北米で論争の的になっていたオオカミを、

それも議論が白熱している時にその場所でという絶妙なタイミングで撮影することになり、

彼らのウルフプロジェクトは、用意周到に環境づくりから始まりました。

 

1年をかけて準備は進められ、

オオカミのために安全で自然な生活環境を整え、何者にも邪魔されず

カメラを回せる場所を見つけることから始まり、

それは設置するフェンスの材料をトラックで運ぶことが出来て、

なおかつ部外者が容易に近づく事の出来ない場所でなくてはなりません。

春の雨期には全地形対応車で、長い冬にはスノーモービルで、

車にはねられたエルクや鹿の死骸をオオカミたちのために運べて、

植生や地形が変化に富み、適度に日陰があり、

夏にも枯れない安定した水源があることが不可欠でした。

 

ようやく見つけたその10万平方メートルの土地に、

高さ3メートルのフェンスを張り巡らし、下部に1.5メートルのエプロンを付け、

曲がり部分には張り出しを設けて、オオカミが乗り越えたり、

地面を掘ってくぐり抜けたり絶対に出来ないようにしました。

このプロジェクトが外部に知られないように、

フェンスの設置は州外の業者に依頼するなどの念の入れようです。

 

撮影するための彼らの「ウルフキャンプ」は、

最初は外に設置されていましたが、広大な柵で覆われたパックのフィールドの中に

テントサイトとプラットフォームを自作の柵で囲った活動拠点として設置し直されて、

出来るだけ自分たちの存在を透明にし、撮影自体をオオカミたちの物語の一部に組み込み、

彼らの信頼を得る必要がありました。

 

ピューマは干渉せずに自由に生活させていれば、秘密を明かしてくれた。

しかしオオカミは完全に信頼されない限り、この企画は不可能であり、

生まれ落ちて目が開いた瞬間から、自分たちのことを知ってもらう必要がありました。

最初の大人のつがいから生まれた子供たちを育て、

彼らがフィールドの中で自由な野生の生活が出来るようにして、

パックの第一世代が始まりました。

 

 

オオカミの縄張りの中にウルフキャンプを設営したことで、

人間の行動が丸見えになり、オオカミたちはすぐに興味を失って、

やがてこっそり金網を出て縄張りに忍び込んでも、彼らは見向きもしなくなり、

そこでようやく人間2人は観察者でなく、社会的なパートナーとなりました。

彼らには名前が付けられましたが、それはあくまで人間の都合で、

名前を教え込んだり、名前で呼び寄せたりしたことはなかったし、

接触するのも向こうから来たときだけだったそうです。

 

 

このパックは1991年の第1世代から始まって、

6年間この土地で観察され、林野庁から借りた土地の使用期限がすぎた後、

アイダホのネズ・パース族が提供してくれた終のすみかに、1996年8月に移動し、

第4世代のピイップが2013年に死亡しパックが消滅するまで、

22年間ダッチャー夫妻と交流を続け、

製作されたドキュメンタリーは、全米の人たちの彼らに対する理解を深めてくれました。

 

 

 

オオカミは社会性の高い生き物で、子供を非常に大切にするとはよく聞いていましたが、

この本でいくつもの驚くべき事実を知りました。

 

「オオカミはいくら人間を信頼していても、子供には人間を怖れるように教える。」

「オオカミが10年を越えて生きることはまずない。」

「オオカミの家族は非常に人間に似ており、その価値観も人間と共通するものがある。

 人間と同じく近親交配を避ける性質があり、子供を見つけたら、

 血のつながりがあろうとなかろうと養子にする

 パック同士の闘いに発展しても、アルファの地位を奪ったら、

 かつての敵対者の子供であっても実の子のように扱う。

 他の動物であったらこうは行かない。(ライオンであったら、子供は全て殺してしまう)」

 「進化という点では理屈に合わないが、必ずそうなる。毎回だ。

 オオカミは子供を殺したりしない。幼児や幼い動物を見たときの人間にあらかじめ

 刷り込まれた性質を、オオカミも同じく持っているのではないだろうか。」

「オオカミは持てる知識を未来の世代に伝え、狩りの場所や方法、

 川のどこが安全に渡れるか、生き延びるにはどうしたらいいか、子供達に教え込む。」

「乱暴でヒステリックな強権的なメスのアルファに対し、

 穏やかで公平なその姉妹のオオカミの味方をし、他のオオカミがクーデターを起こしたり

(メスのアルファが妹を攻撃したときに、他のオオカミたちが反撃した)

 メスが夫を捨てて、子供達を連れて自分の母親の元に帰ったこともある。」

「彼らの探究心は時として家族への愛情を上回り、3本足のオオカミが群れを離れて

 膨大な距離を旅する冒険に出たりしたことがある。」

「メスが群れのリーダーになることもある」

 

 

 

これらのことを読んで、

オオカミのパックは非常に繊細で、勝手に際限なく増えていくというものとは

全く違うのだと強く思いました。

アルファが死ぬなどのアクシデントや、オオカミを合法的に殺せる【オオカミ管理区域】

に入ってしまい、多くの家族や仲間が殺されたり、

自然の猛威などの打撃で数が減り、パックは分解し、縄張りを失い、

消滅してしまったりするのです。

特に年老いて知識と経験豊かなオオカミがいるパックの生存率は高く、

年長者が失われると、その群れ自体の文化と知識が失われ、

バラバラになり、

本来年上から教えられた食べ物以外食べることがない若いオオカミたちは、

その継承を失い、襲いやすい家畜を狙うようになる。

つまり人間の捕殺が、家畜の被害を増やす原因になっている。

 

オオカミは基本的には非常に臆病で警戒心が強く、

温和で好奇心が強く、子供や家族を愛し、そのために生きている。

オオカミはお互いを必要とし、

パックそれぞれの文化の共有と情報の世代継承が行われている。

年長者が殺されるなどして教えられずに居所を無くすと、家畜を襲うことになる。

 

これは人間を含む全ての動物が同じで、戦争で住処を追われ、

家族や仲間を失い、教育を受け継ぐことが出来なければ、

生存のためにどんな行動をとるようになるかは想像に難くない。

動物たちには感情も、言葉も、文化もあり、

一度絶滅させてしまえば、種の冷凍保存などでよしんば再生させても、

その文化は永遠に失われてしまうのです。

もしそれが私たち人間だったらと考えると、イメージしやすいのではないでしょうか?

 

 

ウルフプロジェクトが半ばまで来た4年目の10月、

匿名の脅迫状や、許可を取り消すよう圧力を受けた役所からの思わしくないメールの数々に、

パックの未来を心配し心揺れるジムと、

パックのリーダー・カモッツの対話と交流の光景には胸を突かれます。

「動物たちは、あなたの言葉を理解しないが、

 あなたが何を言っているかは理解する」(ローリングサンダー)

またこの言葉を思い出しました・・・。

 

 

オオカミのほとんどが人間の作り出した恐怖心のために絶滅へと追いやられている。

そして彼らは、人間と非常に近い価値観を持っている。

 

「驚くべきことに、オオカミの社会では落ちこぼれて忘れられる子供はいない。

「高い共感能力を持ち、わずかなボディランゲージで動きを読む。

 オオカミに出会うと、彼らはこちらの動きを読み取ろうとするかのように、

 目をまっすぐ見つめてくる。人間をよく観察している。」

 

 

ここである研究が紹介されています。

東京工業大学の小林洋美・辛島司郎氏の研究によると、

多くの動物の目の強膜(白目)は白くなく、

人・オオカミ・イヌの白目は本当に白く、狩りなどの時にどこを見ているか

分かりやすく、協力行動に関係している。

そして人間は、共生関係にあったオオカミからイヌを作り出したと。

 

オオカミは問題解決能力が発達しているが、

イヌは人間に知らせて解決してもらうという方向に向かった。

非常に面白いです。

 

「オオカミは毎日何かしらの遊びを欠かさない。

 仲間が死んだ時には6週間もそれが行われないことがあった」

「初雪の日、彼らは必ず興奮し、はしゃぎ回る。」

「彼らは他の種、例えばカラスとの共生関係を築いている」

 

「共感を示すしぐさ、ユーモアと好奇心いっぱいの行動。

 仲間との絶対的な結びつきを表現するディスプレイの数々。

 オオカミたちは個性的で、1頭ずつが際だった存在だ。

 仲間に対するどこまでも誠実な姿勢と、惜しみない愛情に関しては、

 たいていの人間より上かも知れない。」

 

「好奇心と探究心のかたまりで、探索が大好き。

 子供たちのおもちゃにするために、バイソンの頭骨を2キロ近く引きずって

 持ち帰ったのは、喜んでもらえると期待したからではないか。

 大切な仲間が殺されて数ヶ月たっても、オオカミたちが現場を訪れて

 静かに悲しむ姿が目撃された。」

 

「旺盛な好奇心と遊び心・思いやりが、失われていないオオカミらしさ。

 人間とオオカミが長く続けてきた複雑な関係の中で、変わってしまったのは人間の方だ

 私たちは親しく交わっていた昔の関係を忘れ、

 いにしえの記憶の扉を固く閉ざしてしまった。」

 

「私たちはありのままのオオカミではなく、こちらが意図的に曲解し、神話化した虚像

 ーーー獰猛で容赦ない殺し屋ーーーを元にオオカミを断罪した。

 それは他ならぬ私たち自身の姿だったのだ」ファーリー・モウェット

 

「人間はオオカミに自分の姿を映し出し、それを憎んでいる

 オオカミの生活では、人間が賞賛するに値する立派な行いを求められる状況が、

 ほぼ毎日出現する。

 オオカミが嫌われるのは、人間がとっくに無くした美徳を持ち続けているからかも知れない。

 同情は禁物、力のあるものが勝つ、追うのは自分の利益だけ、優しさは弱点になってしまう。

 社会の価値は、最も弱い者への扱いで決まるのではなかったのか。

 オオカミをめぐる人間の葛藤は、自らの存在自体に葛藤がある証拠だ。」

 

「オオカミの最高の生息地は、人間の心だ。

 彼らが生きる場所を、ほんの少し空けてやって欲しい。」

 

この本は、プロジェクト開始から30年近く経って、ようやく書かれました。

地中の種子が芽を出すように、理解するまで時間のかかることもある、と。

 

この本に描き出されたオオカミたちの感情や、

愛情あふれる様々な姿には、ダッチャー夫妻の視点とともに心踊らされ、

強く魅了されます。

 

どうかいちばん後ろに載せられたページの最後の写真を見逃さないで欲しいと思います。

そこに捉えられた一瞬の光景は、

「種を超えた信頼という最高の贈り物」です。

 

 

 

 

 

 

 

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