
友人が息子ちゃん(5歳)と丹沢の大倉尾根を登ったと
聞いて、ある3つの話を思い出しました。
3つとも経験した本人たちから直接聞いた実話です。
大倉尾根、通称バカ尾根は、
バカみたいに長い登りからついた渾名ですが、
塔の岳までのよく登られる有名な一般ルートです。
昔城ヶ崎海岸にクライミングに行ったとき、
一緒に車で向かった、あるアウトドア団体を立ち上げた知り合いの青年Kが、いつにない雰囲気で
「俺、幽霊とかそういうの一切信じない方
なんですけど、聞いてくださいよ、
最近こんな事があったんですよ。」
立ち上げたばかりのその団体の年下の男子と
大倉尾根に走りのトレーニングに行って、
遅れたその子が「先に行ってください」と言うので、先に下山して待っていたら、
降りて来た彼が青い顔で「変なものを見た」と。
当時午後4時も大分過ぎて薄暗くなりかけていて、すでに他の登山者は全くおらず、
ある場所に差し掛かったら、
黄色の帽子(昔の小学生がよく被っていた)を被った
小学生の一団が数人で、
並んで黙って歩いていたと言うのです。
「おかしいでしょ?
もう暗くなりかかっているのに、
子供だけであんなところを歩いていて、
全員黙って一言も話さず
1列に並んで歩いているなんて・・・」
それを聞いたK青年は、
「実は俺もその場所を通りかかった時、
走って下山していたのに、急に耳元で
パン!
てかしわ手を打たれたんですよ、
一瞬誰か頭のおかしい奴がいるんだと思って、
きもちわるっ!!!って走って逃げたんですが、
結局誰も近くにいなかったんですよ・・・・」
今までこんな事経験したことがないと、
いつも笑っている彼の顔は本当に真剣で、
車の中で少し青ざめているように見えました。
そしてそれから10数年経ったのち、
昔短期間所属していた東京の山岳会のOBの方と、
「丹沢でも行こうか」となって、
犬越路(いぬごえじ)の避難小屋に2人で泊まったときのこと。
夜なにか出てもおかしくないような雰囲気だったので、
今まで経験した不思議な話をしていたのですが、
そのOBも、
「俺も昔ここで一人で泊まった時、
夜中2時ごろトイレに行こうと思って
そこの引き戸を開けて外に出たら、
あそこに男が一人で座ってて」
と、すぐ外の真暗闇を指さしました。
「結構寒い時期だったのに、半袖短パンで、
富士山から走って来たって言うんだよ。」
「中に入りますか?って聞いたんだけど、
なんかそのまま黙って喋らなくなって、
ちょっと気持ち悪かったんだよね。」
当時はトレランなんて言葉も流行ってないような
時代だったので、
修験道関係の人ならありそうとか思ったんですが、
かなり不気味な感じだったんだとか。
で、私が前述のバカ尾根の話をしたら、
「・・・・俺もそれ見た事あるかも知れない。
バカ尾根でいるはずのない時間に、
黄色い帽子を被った小学生の集団を。」
と言い出して、こっちがビックリしました。
ちょっと考え込むような顔をして、
表情は真剣そのもの。
かしわ手といい、
なんだか物の怪の仕業っぽい気がしますね、
私は遭った事ないんですが・・・。
そしてその時にも話した3つ目の話が、
やはり登山の関係で、長身で頼もしい美丈夫の女子
Rちゃんと言う子がいて、
大学時代にワンゲル部で、場所はやはりバカ尾根。
女子ばかり12人ぐらいの山行だったそうなんですが、
もう1人の子と2人揃うと必ず心霊現象に遭ってしまうらしく、
下山途中で日が暮れてしまい、
下っていく途中で、
スーツを着たサラリーマンが下を向いて
ボーッと立っているのに会ったのだそうです。
まったくこの場所のこの時間にはふさわしくない、
ネクタイに革靴のスーツ姿。
話しかけたけど黙って俯いたままで、
「しまった、幽霊だ」
と思い、
そのままみんなと急いで下山して、
ようやく下の小屋に差し掛かったとき、
小屋の外にちゃぶ台を囲んだ3人の家族が
やはり黙って下を向いて、座っているのを見たそうです。
しかもちゃぶ台には電気ポットが乗っていて、
外だから当然電源もなく、真っ暗な闇の中なのです。
ゾッとしてみんなで逃げるように下山したらしいのですが、
12人中何人かが全く同じものを目撃していたと。
この話は情景が目に浮かんで、
結構すごい話を聞いたな・・・、と思いました。
私は奥多摩は大好きでかなり色々入っていたんですが、
丹沢はなぜか苦手で、主には沢登りでしかあまり自分からは行きませんでした。
奥多摩もいろいろありますけどね。
ちなみに犬越え峠の名は、
武田信玄が北条氏康の小田原攻めの際に
犬を先導させて峠越えをしたとの伝説がありますが、
イヌはイノの転化であり、「険しい」という現地の方言からついた名だとも言われていて、
急峻な峠道とされています。
ちょっと犬の首でも切って落としたとか謂れがあるのかと思っちゃう名前ですよね。
どんとはらい。