おきらくごくらく。

山と自然と不思議。日常のあれこれの雑記ブログ。

不思議な話。長南年恵という女性

かなり前の話なんですが、

数人の方に頼まれて、羽黒山・月山〜湯殿山のガイドの下見に行った時に、衝撃の出会いがありました。

 

ルートの確認と良さげな場所をいくつか見つけて、

面白い出会いもあったりして、非常に満足して下山し、

最後にこの出羽三山で絶対に見ておくべきだろう、

即身仏になられた上人の姿を求めて有名な大日坊に行ったのですが、

ここには書きませんが正直いろいろ納得が行かない感じで、

他に良い即身仏との出会いはないかなぁ・・・と、

帰京前の鶴岡でコーヒーを飲みながら地図を眺めていたところ、

【南岳寺】の文字が目に入りました。

「お、ここなら帰る前になんとか行けそう。」

 

鶴岡駅から歩いてもそう遠くない場所で、少し寄り道しながら尋ねてみると、

本堂の手前左手に小さなお堂があり、

ふとそこに書いてある文字になぜか目が釘付けになりました。

 

 

長南年恵霊堂

長南年恵霊堂

 

長南年恵・・・?

記憶のどこかで衝撃を呼び起こす何かがあり、

それは結構昔に「エースをねらえ!」の作者が描いた短編マンガで、

その主人公は明治時代に実在した超能力を持った女性で、

ちょっと信じられないようないわゆる現実離れした話しだったので、

結構印象に強く残っていたのでした。

たしかあの頃はまだネットとかなかった時代だったような気がするので、

その後深く調べたりはしないでそのままだったのです。

 

 

まさかここが・・・!?

本当にいたんだ、

鶴岡の人だったのか・・・。

 

お堂の中は正直ちょっと不気味な感じで、

置かれていた小さな白黒の額入りの写真から、アムリタ(蜜)が流れたと書いてありました。

どなたかが奉納したのでしょう。

 

後から見たら、丹波哲郎氏の字が見えましたが、

ちゃんと読まないままだったので、この後もしばらく長南年恵さんについての本を、

丹波氏が書いていた事を知りませんでした。

 

霊堂の説明板

 

 

 

長南年恵さんは、1863年12月6日(文久3年12月26日)鶴岡市日吉町生まれで、

幼いころからだんだんと不思議な言動や奇跡を起こすようになり、

周りから教祖のような扱いをされ、警察沙汰になり始めたことに不安を抱いた

当時新聞記者をしていた弟の長南雄吉氏が、

大学の教授らに頼んで公開の場でなんの不正なこともしていない事を証明しようとして、

唯一公式に超常現象を起こして無罪になった裁判記録が残されている超能力者なのです。

 

幼い頃から天真爛漫で悪意がなく、

封をした一升瓶に祈りでその人にあった万病に効く神水を一瞬にして出したり、

予言や天から雅楽のような音楽が聞こえたりなどの不思議を起こし、

20歳の頃からほとんど物を食べなくなって、排泄もせず

自分が亡くなる日を予言し、その通りに43歳でこの世を去りました。

 

偶然とはいえ、

まさか出会うことがあるなんて。

しばらく驚きで立ち尽くしてしまいました。

 

なんてこった・・・

 

後からお若い住職さんに話を伺うと、

生まれはここではなく、やはり日吉町というところで、

周りの人たちからお堂を建てて欲しいという願いがあり、こちらにあるという事でした。

 

 

 

手を合わせてから本堂に向かい、

こちらに鎮座されている鉄竜海上人即身仏にお会いしました。

この方は湯殿山で修行され、

明治政府の法改正により禁止された即身仏を行い、

弟子が罪に問われないようにと心を砕いた方で、

多くの筆跡や手形なども残されていて、その前で足が止まってしまいました。

なんて小さい手・・・。

この手形からすると身長も150cm前後ぐらいだったのでは。

それとも五穀断ちで手足が枯れて動かせなくなる中、

取った手形なんだろうか。

 

かつて生きた人の筆跡や持ち物、特に手形などは

さまざまな情報を伝えてくれることがあります。

その事を住職さんに尋ねると、そう外れてもいませんでした。

 

特に明治時代とあっては、それほど遠くない過去です。

あの時代に特に厳しい湯殿山の修行をし、

流行りのトラホームで目の病気にかかる人たちの救済の為に、

片目を自ら潰し、即身仏となる事を選ぶなんて、

今の私たちの生活からは想像もできません。

 

時の政府の庇護を受けた出羽山の修験者と、

湯殿山の修験者はかなり違ったようで、

湯殿山では貧しさのあまり人を殺してしまい、その事を死ぬほど悔いて

入山してくる者などが多く、出羽山の修験者が湯殿山の修験者を攫うなどという

揉め事があっても、

湯殿山の修験者に太刀打ちできなかったという話も聞きました。

 

 

昭和31年の大火でも、南岳寺の本尊鉄竜海上人

の即身仏、そして長南年恵霊堂は不思議と無事だったそうです。

 

親切な住職さんにたくさん話をお聞きすることが出来て、

ここに来てよかった、と思いつつ、帰り際にもう一度霊堂にお参りしました。

 

 

 

即身仏が東北、

特に山形県の庄内地方に集中している事や、

長南年恵さんといい、

山形や東北の地に連綿と流れる何かを、感じざるを得ない旅でした。

 

 

この時の下見のお話しはまた明日。☺️



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