おきらくごくらく。

山と自然。日常のあれこれの雑記ブログ。

阿・吽。空海と最澄

風信帳模写

 

 

ツイッターで知ったおかざき真里さんの「阿・吽」

今回このチャンスに読み始めたんですが・・・・、

自分が何も知らなかったということに愕然としながら、

それと同時に興奮を抑えられなくなりました。

 

おかざきさんの空海最澄像が、非常に魅力的であり、

それと共に史実に基づき構築された設定や

当時いかに書や文字、そこから感じ取る世界が重要視されていたかが、

今とは比べものにならないのだということが、

大きく実感されました。

 

 

私が空海と初めて縁ができたのは、

「風信帳」(空海が最澄に送った手紙)の書のコピーを、

30年ぐらい前にある御利益があるものとして、

知人に頂いた所からでした。

(ちなみに上の写真は初めて昨日私が書いてみたものです)

一体何なのかよくわかっていなかったのですが、

この書はとても美しく、書道とかぜんぜん興味はなかったのに、

なぜかとても惹かれてずっと大切に今まで持っていました。

ちなみに私は母親から

「字が汚い。お前は新聞紙に習字しろ。紙がもったいない」

と言われてきたような子供でした。笑

 

その後、全国の山や自然の中で仕事をするようになると、

弘法大師の名のつく場所がたくさんあって、

弘法の井戸とか、弘法大師が杖をさした所から木が生えたとか

水が湧いたという伝説に、

「またまたあ〜〜、みんな弘法大師大好きだなあ〜〜」

なんて思っていたんですが。

 

弘法大師空海が、当時生きて戻れる確率は半分以下であったろう

遣唐使として最澄と共に唐に渡り、

20年の予定を2年後に生きて帰っただけでなく、

恵果和尚に印可をうけ、並み居る弟子を超え、

密教の正当な後継者として持ち帰り、日本にその種子を植えた人だということを知り、

また湯殿山や様々な伝承の場所を見るたびに、

明確にひとつの目的を持ってそれぞれを聖地として開いているような気がして、

ただの伝説ではないんだな・・・と思うようになりました。

 

ガイドの下見で京都の比叡山を初めて訪れた時、

非常に魅かれる雰囲気の場所があって、

中には入れないところで、建物が見えたのですが(浄土院

立て札には「伝教大師のご廟所」とありました。

とても優しい雰囲気の、比叡山の中でもっとも気を引かれる場所でした。

そして次に訪れた時に気がつきました、

伝教大師は最澄のことなのだと。

 

 

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この作品に引き込まれたことの一つに、

それぞれの縁の伝わる場所から感じる人物像と、

空海と最澄の人物像が、とても近い感じがしたことが大きいです。

 

それと空海と最澄の関係。

まさに双龍並び立つという感じなのですが、

二人は自分を満たすものを求めて、深く仏教の中にそれを追い求めます。

背が高くナイーブで、幼い頃から袂の匂いで気を落ち着かせる癖のある

美しい偉丈夫の最澄。

子供時代から自ら身投げをしてまで何かをつかもうとする激しい青年僧空海。

 

二人が他に誰も到達できない高みで、

お互いを認め合い、頼りにし、経験を共有するシーンは本当に美しく、

自分がようやく滑れるようになった時に

笑いながら仲間と滑った最高に楽しいスキーの瞬間を思い出しながら、

当時の日本で最高峰の、言葉のいらないレベルでの邂逅、

空海が高みに在る最澄を見つけ、空海によって最澄も救われ、

そしてやがてお互いの道が離れていくであろうという壮大で胸を掴まれるような物語を、

夢中になって読みました。(まだ最終回ではない!!!)

 

イメージを伝えるのに、現在では絵や動画、

バーチャルリアリティというものがありますが、

当時の書の持つ力というのは、

今とはまったく違ったものだったのだと、

強烈に思わされました。

おかざきさんのそのあたりの表現もとても美しいです。

 

そして「高岳親王漂流記」(読んでいない)の高岳親王が、

空海の十大弟子のひとりで、空海亡き後60歳を越えて天竺を目指し、

虎に食べられたのではないかと言われていること、

高野山を「にうつの神」とその眷属「狩場明神」に

譲られたというお話も、非常に魅力的に描かれています。

 

最澄や空海に助けを求める人々。

彼らが救われたという描写はあまりなく、

当たり前に救われないのですが、

宗教とは何だろう?

彼らが種を蒔いた現在の仏教とは?

とかいろいろ思索することができて、本当に考えさせられます・・・。

 

あと坂上田村麿阿弖流為(アテルイ)の関係、

彼らを毒殺した藤原冬嗣

空海・最澄とともに唐に渡った橘逸勢(たちばなはやなり)が、

空海・嵯峨天皇とともに、三筆と呼ばれるほどの書家だったのに悲惨な死を遂げること。

 

ひどい亡くなり方をする人物も出てきますが、

それが史実で、知らなかったことばかりで、

この作品がどこに向かうのか、最後まで見届けたいと思います。

 

そして空海の口に明星が飛び込んで、「空海」となったという室戸岬の洞窟に

ぜひ行ってみようと思っています。

ちなみに空海の元の名は「佐伯真魚」(さえきまお)、

19歳で山林修行に入って室戸岬での体験を経て、

入唐直前の31歳頃、得度したと言われています。

最澄の12歳で出家する前の幼名は「三津首広野」(みつのおびとひろの)。

入唐は37歳の時と伝わっています。

年もすごく近かったんですね〜〜〜

 

今日で無料で読めるの最後なので、

記事を書くのが遅くなってしまってゴメンなさい。

 

 

面白い漫画は、よほど人気で重版がかからないと

手に入れることが難しくなってしまうようです。

作家の方の収入にも直結します。

今後続きをWEB版にするか、大いに迷うところです・・・。

 

 

                       

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